
医療DXが加速する中、臨床現場で注目を集めているのがパーソナルヘルスレコード(PHR:Personal Health Record)です。特に、多忙な外来診療を担う医師にとって、患者さまが持参するバラバラな健康データをどう集約し、いかに短時間で治療方針に反映させるかは共通の課題です。本記事では、最新動向を踏まえ、パーソナルヘルスレコードが診療効率やアウトカムをどう変えるのか、導入のメリットからセキュリティ上の課題まで、医師の視点で詳しく解説します。
目次
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パーソナルヘルスレコードとは?
パーソナルヘルスレコードは、個人が自分自身の健康・医療データを一元的に管理し、必要に応じて医師や医療機関と共有できるデジタル基盤です。近年のデジタル技術の進化は、健康管理のあり方を根底から革新しており、パーソナルヘルスレコードはこの新しいヘルスケア時代を象徴する仕組みとなりました。
パーソナルヘルスレコードには血圧、検査結果、診療記録、薬歴、健康診断結果など、個人の健康情報が幅広く記録され、従来バラバラに管理されていたデータが統合されます。この活用により、患者さまは自身の健康状態を日常的に把握でき、適切な生活習慣の維持や病気の予防、慢性疾患の重症化防止に役立てることが可能です。また、企業が取り組む「健康経営」においても、従業員の健康増進や労務管理にパーソナルヘルスレコードを利活用する事例が増えています。
さらにパーソナルヘルスレコードは、医療機関側のデータ参照・情報共有の促進にも寄与し、より個別最適化された医療(プレシジョン・メディシン)の提供を可能にします。データ統合の結果、患者さま自身が能動的に自身の記録を活用する「患者参加型医療」が促進され、生活の質(QOL)向上と健康寿命の延伸につながります。医療現場において、日常的な健康管理を支援する役割は年々重みを増しており、健康経営やヘルスケア推進を目指す医師にとって、パーソナルヘルスレコードへの理解と導入検討は不可欠なものとなっています。

【参考】厚生労働省「資料6:PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)について」より一部抜粋
厚生労働省が推進するパーソナルヘルスレコードの定義と基本的な役割
パーソナルヘルスレコードは厚生労働省が推進する医療デジタル化施策の中核に位置づけられています。その定義は、「個人が自身の健康・医療・介護に関する情報を包括的かつ生涯にわたり記録・管理し、必要に応じて本人や医療機関等が有効に活用できる仕組み」です。パーソナルヘルスレコードは患者さま主体・利用者主体のデータ管理を実現し、本人の健康状態の把握、生活習慣改善の支援、疾病の早期予防や重症化防止へつなげる重要な役割を担います。
2026年現在、事業・制度としてはクラウドやアプリを活用した個人によるデータ収集・参照機能が普及しており、「全国医療情報プラットフォーム」による情報連携基盤の整備も完了フェーズに入っています。データ記録の内容は検査結果、診療履歴、薬剤使用歴、日常のバイタルデータ等さまざまで、医療機関や薬局、自治体、保険会社とのシームレスな連携を促進します。
今後はパーソナルヘルスレコードのさらなる普及により、患者さまのセルフマネジメント能力の向上、医療従事者の診療意思決定支援、そして地域社会全体でのエビデンスに基づく健康増進施策への活用が期待されています。
電子健康記録(EHR)との違い
パーソナルヘルスレコードと電子健康記録(EHR:Electronic Health Record)は、どちらも医療情報のデジタル管理を指しますが、運用主体と目的に明確な違いがあります。
パーソナルヘルスレコードは「個人」が主導し、自身や家族の健康・医療データを一元的に保存、管理、活用するものです。これには医療機関での診療記録だけでなく、スマートウォッチ等のウェアラブルデバイスを通じた日常の生活記録(ログ)も含まれます。
- 動的な活動データ(ライフログ)
スマートウォッチ等のウェアラブルデバイスで取得する、日々のバイタルや活動量の記録。 - 静的な医療関連データ
お薬手帳に基づく処方履歴や、アレルギー情報、健診結果など、健康管理のベースとなる記録。
一方、EHRは「医療機関」が主導し、主に診療や治療のために患者情報を統合し、医療機関間で共有・管理するためのシステムです。
パーソナルヘルスレコードは患者さま本人による取得・閲覧が容易であり、複数機関を横断した「ライフコースデータ」の管理を実現します。これらパーソナルヘルスレコードとEHRが双方向に連携することで、より網羅的な情報参照が可能となり、患者さま中心の医療や予防医療の基盤を強化できます。この役割の違いを把握し、連携方法を検討することが、臨床現場での有用なデータ活用に直結します。
パーソナルヘルスレコードで管理・集約される健康・医療データの一覧
パーソナルヘルスレコードで管理可能なデータは多岐にわたり、医療機関から提供される「公的・臨床データ」と、患者さま自身が記録する「ライフログ」の2層で構成されるのが特徴です。これらを統合することで、生活習慣病リスクの精緻な評価が可能になります。
加えて、ワクチン接種歴、特定健診結果、医用画像、介護関連記録も一元管理の対象となります。
- 臨床データ(医療機関・公的機関連携)
・検査結果(血液検査、尿検査、画像検査報告書等)
・診療記録(診断名、治療経過、手術・処置歴等)
・薬剤情報(処方・服薬状況、副作用歴、お薬手帳データ)
・健診結果(特定健診、法定健診の経年推移) - ライフログ(患者さま自己管理・ウェアラブル連携)
・バイタルサイン(血圧、血糖値、体重、体温、心拍数)
・活動量(歩数、睡眠時間、運動記録)
・生活習慣記録(食事内容、飲酒・喫煙習慣)
・介護・福祉サービスの利用状況
これらのデータを統合することで、医療機関同士や介護現場、さらには保険会社との適切な情報共有が促進されます。パーソナルヘルスレコードによる一元管理は、診療の質向上だけでなく、多忙な外来における医師の意思決定を強力に支援します。
検査結果・薬歴・診療記録などパーソナルヘルスレコードの主な記録内容
パーソナルヘルスレコードに記録される各項目の詳細は、臨床現場において以下のような価値を持ちます。
- 検査結果・画像データ
血液検査や生化学検査の数値に加え、2026年現在は医用画像の共有も進んでいます。他院での過去の検査結果を時系列で参照できるため、重複検査の防止や、経過観察の精度向上が期待できます。 - 包括的な薬歴管理
過去から現在に至る処方薬名、用法用量、服薬期間を網羅します。特に、複数の医療機関を受診している患者さまにおける重複投与や相互作用のチェック、副作用歴に基づいた安全な処方設計に直結します。 - 構造化された診療記録
受診時の主訴、診断名、治療方針、転院歴などが網羅的に保存されます。これにより、患者さまの「病歴の断絶」を防ぎ、シームレスな病診・診診連携が可能になります。
これらの臨床情報に、前述のバイタルサインや生活習慣データが加わることで、医師は「点」ではなく「線」で患者さまの状態を捉えることができます。個々の患者さまに対する個別化された指導(行動変容の促し)において、パーソナルヘルスレコードは極めて大きなメリットをもたらします。
【2026年最新】パーソナルヘルスレコードを取り巻く医療DXの動向
2026年現在、医療DXの加速により、パーソナルヘルスレコードは「単なる記録ツール」から「臨床の意思決定を支えるインフラ」へと進化しています。マイナポータルを通じた公的データ連携や、医療機関側のシステム統合、高度なセキュリティ対策の普及により、個人・医療機関・自治体が相互に情報を利活用できる環境が社会実装のフェーズに入りました。
患者さま自身が管理するライフログのリアルタイムな利活用は、生活習慣病対策や予防医療の精度を飛躍的に高め、地域医療連携においても中心的な役割を果たしています。AIやビッグデータ分析技術の導入に伴い、個々の症例に対する疾患リスク予測や指導内容の最適化、根拠に基づくセルフメディケーション支援が標準化されつつあります。2026年の今日、パーソナルヘルスレコードを活用した診療支援は、社会全体の医療効率化と疾病予防に寄与する不可欠な要素となっています。
マイナポータル連携による「情報共有」の深化と臨床活用
マイナポータル連携の進展は、パーソナルヘルスレコードの利便性だけでなく、診療の「実効性」を劇的に向上させました。2026年現在、患者さまがスマートフォン等で検査結果や処方情報を一元管理できるだけでなく、医療機関側でも、患者さまの同意のもとでこれらの情報を即座に参照できる体制が一般化しています。
特に、2026年度冬からの本格運用が進む「電子カルテ情報共有サービス」との連動により、自院以外の診療記録や検査結果(3文書6情報)がマイナポータル経由で可視化されるようになりました。これにより、初診時や救急時の情報収集スピードが格段に向上し、診断の精度が担保されています。
この連携基盤は、単なるデータ蓄積の場ではありません。患者さまが日々のバイタルデータをマイナポータル経由で共有することで、診察室では得られなかった生活背景を可視化し、具体的かつ効果的な介入を可能にします。データの自動取得(オートメーション)は今後さらに加速し、医療従事者の事務的負担を軽減しながら、質の高いパーソナライズ医療を提供する中核的なインフラとなるでしょう。
医療DX令和ビジョン2030
「医療DX令和ビジョン2030」では、パーソナルヘルスレコードの普及とデータ利活用を通じ、すべての国民が質の高い医療を享受できる社会の実現が掲げられています。医療機関や薬局と個人のパーソナルヘルスレコードを強固に連携させることで、予防・診断・治療から在宅ケア、リハビリに至るまで一元的なヘルスケアマネジメントが可能となります。
このビジョンが目指す「全国医療情報プラットフォーム」の整備により、適切な処方の徹底や副作用対策の強化、疾患管理の高度化が期待されています。医療現場や関連事業者が協働してパーソナルヘルスレコードを推進することは、持続可能な医療提供体制の構築において極めて重要なミッションです。
【参考】厚生労働省「医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕」
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医師がパーソナルヘルスレコードを活用する診療上のメリット
パーソナルヘルスレコードを診療に活用する最大のメリットは、患者さまの健康・医療データを「点(診察時)」ではなく「線(生涯・日常)」で包括的に把握できる点にあります。これにより、初診や救急時でも詳細な既往歴、検査結果、薬歴を即座に参照でき、迅速かつ的確な意思決定が可能となります。
また、日常生活における自己管理記録(血圧、体重、生活習慣、服薬実績等)を客観的な診療情報として扱えるため、生活習慣病の早期発見や、エビデンスに基づいた治療方針の柔軟な修正が容易になります。さらに、他院や薬局とのリアルタイムな情報共有により、重複投薬の回避や不要な検査の削減が実現し、医療資源の最適化にも直結します。
「空白の時間」の可視化
従来の診療では、受診と受診の間の期間――いわゆる「空白の時間」の健康状態は、患者さまの記憶に頼らざるを得ませんでした。パーソナルヘルスレコードを活用することで、この期間の血圧変動や活動量、食事記録などを客観的データとして補完でき、長期的な疾患管理の精度が飛躍的に向上します。
これは、慢性疾患の行動変容の確認や、未受診期間の予後フォローに極めて有効です。再発予防や状態安定に向けた具体的な課題を可視化することで、診療上の不確実性を低減し、より個別性の高い治療計画の立案が可能となります。
救急・初診時の情報確保
一分一秒を争う救急現場や、情報の乏しい初診外来において、パーソナルヘルスレコードによる情報確保は診断の成否を分けます。受診歴、検査・投薬状況、アレルギー・禁忌情報などを即時に把握できる体制により、副作用リスクを回避した適切な処置を迅速に選択できます。
特に、認知機能が低下した高齢患者や、多疾患を抱える多剤併用(ポリファーマシー)患者において、パーソナルヘルスレコード連携は誤診や医療事故の低減に極めて高い効果を発揮します。救急医療におけるパーソナルヘルスレコードの活用は、もはや標準的な医療安全対策の一環となりつつあります。
患者エンゲージメントの向上
パーソナルヘルスレコードは、患者さまが主体的に自身の健康に関与する「患者エンゲージメント」を強力に促進します。医師がパーソナルヘルスレコードのグラフや数値を提示しながら指導を行うことで、患者さまは治療の成果を視覚的に理解でき、セルフマネジメントへの意欲が向上します。
このプロセスは、治療アドヒアランス(服薬遵守)の改善や再発予防に直結するだけでなく、医師と患者さま間の信頼関係をより強固なものにします。患者さま自身を「治療チームの一員」として巻き込む診療スタイルにおいて、パーソナルヘルスレコードは欠かせないコミュニケーションツールです。
パーソナルヘルスレコード普及に向けた課題と今後の展望
パーソナルヘルスレコードの普及には、医療現場の運用に根差した複数の課題が存在します。まず、「データの信頼性」すなわち正確性・網羅性・時系列の一貫性の確保が不可欠です。患者さまの自己入力による誤記や欠損のリスクに対し、2026年現在は医療機関システムからの自動取得(ダイレクト連携)が進み、信頼性の底上げが図られています。
また、高度なセキュリティ体制の構築とプライバシー保護、さらに民間サービスと公的基盤の「標準化速度の乖離」も現場に影響を与える要因です。今後は国・自治体・ITベンダー・医療機関が連携し、相互運用性の確保と利便性の高いサービスの社会実装をさらに加速させる必要があります。広域的なデータ連携を通じ、パーソナルヘルスレコードの効果を最大化するためには、これらの課題への着実な対策が欠かせません。
データの信頼性と「公式データ連携」
パーソナルヘルスレコード活用の前提は、記録される情報の高い信頼性です。手入力データや複数サービス間の整合性のばらつきは、臨床判断における懸念材料となります。
この解決策として、電子カルテ、薬局の調剤システム、検査機関から「公式データ」を直接パーソナルヘルスレコードへ連携する仕組みの導入が急速に進んでいます。また、ウェアラブルデバイスの医療機器認証(薬機法承認)の有無を確認するなど、エビデンスとしての精度を検証するプロセスも重要です。データの正確性・網羅性を維持し、不整合な記録に対する迅速な修正体制を整えることが、現場導入の成否を分ける鍵となります。
セキュリティとプライバシー保護のための対策と対応策
パーソナルヘルスレコードには診療履歴や薬剤情報など極めて機微な情報が含まれるため、銀行レベルの高度なセキュリティが求められます。通信の暗号化や多要素認証、利用ログの監視といった技術的対策に加え、厳格な運用規定と定期的なリスク診断が必須です。
医療機関・民間事業者ともに、不正アクセスの防止はもちろん、万が一の情報漏えい時の迅速な連絡・対応フローを確立しておく必要があります。また、患者さま本人の「同意管理」や「開示範囲設定」が簡便であることも、安心して利用を促進するための重要な要素です。現場での啓発を含め、多層的なリスク低減策を徹底することが求められます。
標準規格「HL7 FHIR」による相互運用性の確保
パーソナルヘルスレコードの普及における大きな障壁となっていたのは、各アプリやシステムベンダーごとにデータ形式が異なる「情報のサイロ化」です。しかし、この課題に対し、厚生労働省は日本における医療情報交換の次世代標準規格として「HL7 FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resource)」を採用し、その実装を強力に推進しています。
2026年現在、国が進める「電子カルテ情報共有サービス」の基盤においても、このHL7 FHIRがデータ授受の標準として据えられています。これにより、異なるメーカーの電子カルテや民間パーソナルヘルスレコードアプリ間でも、意味を損なうことなくシームレスに情報をやり取りできる環境整備が着実に進んでいます。 規格の統一による「相互運用性(インターオペラビリティ)」の確保は、医師が特定のサービスに依存することなく、患者さまが持参する多様なデータを自院のシステム上で統合的に参照・分析できる未来を可能にします。標準化の進展こそが、パーソナルヘルスレコードを単なる「個人の記録」から、臨床現場で真に実効性を持つ「診療ツール」へと進化させる重要な鍵となります。
まとめ
パーソナルヘルスレコードは、患者さま一人ひとりの健康・医療情報を生涯にわたり一元化し、医師と患者さまの間の情報ギャップを埋める次世代の臨床インフラです。パーソナルヘルスレコードの活用によって診療現場では、検査結果や薬歴、そして診察室外での生活習慣情報が時系列で可視化され、より的確な診療判断や予防的介入が可能になります。
患者さま自身も自身の健康データを可視化することで、生活習慣の改善や疾患予防に対する意識が醸成され、セルフマネジメント能力の向上や健康寿命の延伸へとつながります。パーソナルヘルスレコードの社会実装は、地域医療連携や企業の健康経営においても強力な推進力となり、医療機関・薬局・自治体等を結ぶ情報連携の中核を担う存在となるでしょう。
このように、パーソナルヘルスレコードは単なる情報の記録・保存ツールの枠を超え、日常診療や地域包括ケアの未来像を牽引する「外来診療の羅針盤」として期待されています。
診療所やクリニックを運営する医師・医療従事者の皆様も、パーソナルヘルスレコードの利活用に向けてまずはマイナポータル連携等の身近な一歩から検討し、患者さま本位の診療体制の構築と社会全体の健康増進に踏み出してみてはいかがでしょうか。




